2020年までに、国、地域及び国際レベルで適正に管理及び多様化された種子・植物バンクなども通じて、種子、栽培植物、飼育・家畜化された動物及びこれらの近縁野生種の遺伝的多様性を維持し、国際的合意に基づき、遺伝資源及びこれに関連する伝統的な知識へのアクセス及びその利用から生じる利益の公正かつ衡平な配分を促進する。

種子・植物バンクと遺伝資源の利益配分(SDGsターゲット2.5/ABS)いま何が起きているのか

「種子、栽培植物、家畜(飼育・家畜化された動物)とその近縁野生種の遺伝的多様性を守る」——これは食料安全保障の“保険”そのものです。気候変動・病害虫・紛争が増えるほど、多様な遺伝子=未来の選択肢が効いてきます。
同時に、遺伝資源や伝統知を利用して生まれる利益を、提供国や地域社会に**公正・衡平に配分する(ABS)**ことも、このターゲットの核です。


1) 現在の状況:保全は進む一方、「失われるスピード」も速い

種子・作物の“保険箱”は拡大中

世界では、遺伝資源を長期保存する仕組み(ジーンバンク)が拡充しており、2024年末時点で約600万点の植物遺伝資源(アクセッション)が118か国・902のジーンバンク等で中長期保存されている、という推計が示されています(報告の揃い方にはばらつきはあります)。
さらに、災害や紛争に備えて各国の種子を“バックアップ”保管する スヴァールバル世界種子貯蔵庫 への寄託も続き、2024年には6万点超の安全複製が追加されたと報告されています。

家畜の遺伝的多様性は「危機感が強い」

一方で、家畜については、把握できている在来品種のうち多くが絶滅リスクにあることが国連SDGsの公式情報でも示されています(例:把握されている在来家畜品種のうち相当割合がリスク)。
加えて、そもそも品種の状況が「不明」の割合が高い、というデータ上の課題も指摘されています。


2) 利益配分(ABS)の現在地:制度はあるが、運用は難しい

生物多様性条約(CBD)と名古屋議定書で枠組みは整備

ABSの国際ルールの中心は、生物多様性条約(CBD) の下で運用される「名古屋議定書」です。
ただ、実務では「許可手続きが複雑」「研究や育種が止まる」「提供側も受け手側も運用能力が足りない」など、制度と現場のギャップが起きがちです。

“遺伝子配列データ(DSI)”が新しい焦点に

近年は、遺伝資源そのものではなく、**遺伝子配列情報(デジタル配列情報:DSI)を用いた研究開発が爆発的に増えたことで、利益配分の設計が難しくなりました。
この点で、CBDのCOP16(2024年~2025年の再開会合)では、DSIに関する多国間メカニズムを進め、
「Cali Fund(カリ基金)」**というグローバル基金の枠組みが決定・議論されました。


3) これからの課題:3つの“ボトルネック”

課題①:保存しても「使える形」になっていない

  • 収集・保存は増えても、特性評価(耐暑性・耐病性など)やデータ整備が遅いと、現場の育種・農業に還元されにくい
  • バックアップはあっても、国内のジーンバンク自体の設備更新・停電対策・人材不足がボトルネックになりやすい

課題②:「野外(on-farm / in situ)」での多様性が減る

  • ジーンバンク(ex situ)だけでは、農家の畑で受け継がれる在来品種や、野生近縁種の生息地の劣化を止めにくい
  • 気候変動で分布が変わり、“守る場所”そのものが動く

課題③:ABSは「公平」と「スピード」の両立が難しい

  • 公平性を高めるほど手続きが重くなり、研究開発が遅れる
  • 逆に緩いと、提供側の不信(いわゆるバイオパイラシー懸念)が強まる
  • DSIのように国境を越えて流通する対象では、従来型の「国ごとの許可」だけだと限界が出る

4) 対策の方向性:現場で効く“打ち手”はこれ

対策①:ジーンバンクを「保管庫」から「社会インフラ」へ

  • 重要コレクションの**重複・安全複製(国内+国際バックアップ)**を標準化(災害・紛争・事故に備える)
  • データ(来歴・特性・ゲノム情報)を整備し、育種・研究が使いやすい形で公開/連携(ただし権利・配慮が必要)

対策②:農家・地域で守る「動く保全(on-farm)」に投資

  • 在来品種を育て続ける農家に対するインセンティブ(買い取り、ブランド化、学校給食・地産地消、観光と連動)
  • 地域のコミュニティ・シードバンクや試験圃場を支援し、気候適応の“実験場”にする

対策③:ABSは「明確・簡素・透明」に寄せる

  • 申請窓口の一本化、標準契約(MAT)の整備、審査期間の目安公開などで予見可能性を上げる
  • 伝統知については、地域側のコミュニティ・プロトコル(何を共有し、何を共有しないか)を整備して合意形成コストを下げる
  • DSIは、COP16で進んだ基金的アプローチ(Cali Fund)のように、現代の研究開発に合った多国間の利益配分を具体化していく

まとめ:遺伝的多様性は“未来の食料安全保障の保険”

2020年目標は、正直「達成した」と言い切れる状況ではありません。保存点数は伸びていますが、気候変動や土地利用変化で、野外の多様性は揺らぎ、家畜品種のリスクも高い。
これからは、**保存(守る)×活用(使う)×公平(分ける)**を同時に回す設計が鍵になります。
“種を守る”は、農業だけの話ではなく、医療・素材・産業・地域文化まで含む、社会全体のレジリエンスづくりです。