1.3 各国において最低限の基準を含む適切な社会保護制度及び対策を実施し、2030年までに貧困層及び脆弱層に対し十分な保護を達成する。
1. SDGsターゲット1.3とは?「社会保護フロア」という発想
ターゲット1.3は、国連やILO(国際労働機関)が中心となって進めている目標で、
- 子ども手当・育児/出産給付
- 失業給付・就労支援
- 障害・労災・介護に対する給付
- 高齢者の年金
- 生活困窮者への現金給付・フードスタンプ
- 低所得者向けの医療費補助・保険料補助
といった「社会保障制度一式」が、最低限の水準で“誰にでも”届いている状態=ソーシャル・プロテクション・フロアを目指しています。UNSD+1
SDGsの指標では、「少なくとも一つの社会保護給付でカバーされている人の割合(指標1.3.1)」が、進捗を測るものさしになっています。UNSD+1
2. 現在の達成度:カバー率は上がったが、2030年には全然足りない
■ 世界平均:52.4%が「何かしら」には守られている
ILOの**『World Social Protection Report 2024–26』**によると、
- 2015年:世界人口の42.8%が、少なくとも1つの社会保護給付でカバー
- 2023年:52.4%まで上昇
と、この8年間で約10ポイント改善しました。social-protection.org+2social-protection.org+2
また、世界銀行の最新レポートでは、
- 2010〜2022年にかけて、社会保護・労働プログラムの対象者は
世界で4.7億人 → 4.7「十」億人(4.7ビリオン)に拡大 - カバー率は**41% → 51%**に増えた
と報告されています。世界銀行+1
数字だけ見ると、「結構進んでいるじゃないか」と思いたくなりますが──
まだ世界人口の約半分は、何の社会保護も受けていない
というのが現実です。
■ 所得グループ別:高所得国と低所得国の“二極化”
同じILO報告書を詳しく見ると、所得レベルによる格差が非常に大きいことがわかります。social-protection.org+1
- 高所得国:
→ **約85.9%**が何らかの社会保護でカバー - 上位中所得国:
→ 約71.2% - 下位中所得国:
→ 約32.4% - 低所得国:
→ わずか約11%台
つまり、貧しい国ほど社会保護のネットが薄く、制度自体が脆弱という構造になっています。
「一番必要なところに、ネットが張れていない」という皮肉な状況です。
■ 子ども・脆弱層に深刻なギャップ
国連の**『SDGs報告書2024』**は、
- 2023年時点で、世界の子ども14億人が、いかなる社会保護も受けていない
と警鐘を鳴らしています。UNSD+1
また、障害のある人、インフォーマル(非正規・日雇い・自営業)で働く人、移民・難民など「脆弱層」とされる人たちは、依然としてカバー率が低く、最も危険なところに最も大きな穴が空いていると言われています。socialoutlook.unescap.org+1
3. 主な課題:お金だけでなく「設計」と「公平さ」の問題
① 財源ギャップ:GDPの数%分の“穴”
ILOは、**「すべての国で最低限の社会保護フロアを実現するには、特に低所得国でGDPの数%規模の追加財源が必要」**だと試算しています。social-protection.org+1
2023年、各国は平均して、
- GDPの12.9%を社会保護(医療除く)
- さらに6.5%を医療関連の支出
に使っているとされていますが、これはあくまでも平均値。International Labour Organization+1
低所得国に限れば、
- 社会保護に回せる予算はGDPの2〜3%程度
しかない国も多く、「やりたくても財源が足りない」という状態です。
② インフォーマル経済:制度の外にいる労働者たち
アジア太平洋やラテンアメリカの報告では、**インフォーマル労働者(非正規・露店商・小農など)**が、社会保護の「谷間」に落ちやすいことが繰り返し指摘されています。socialoutlook.unescap.org+2OECD+2
- 雇用主を通じた社会保険に加入していない
- 所得が不安定で保険料負担が難しい
- 事業登録や住民登録がなく、行政側が把握しにくい
結果として、「一番ショックに弱い人たちが、最も制度から遠い」という逆転現象が起きています。
③ 制度の“細切れ化”とターゲティングの難しさ
世界銀行や各国の予算審議では、**「社会保護プログラムがバラバラに乱立している」「本当に貧しい人に届いていない」**という批判がよく出ます。世界銀行+2socialprotectionfloorscoalition.org+2
- 似たような制度が複数省庁にまたがって存在
- 名簿(社会レジストリ)が古く、支援対象者が漏れている
- 政治的な配分や汚職によって、リソースが歪む
「とにかく予算を増やせばいい」ではなく、
“どの仕組みに、どう配分し直すか”という設計力が問われている段階とも言えます。
④ 気候変動・パンデミック・紛争という“三重のショック”
気候変動による災害、コロナ以降の景気悪化、各地の紛争が重なり、**「一度立ち直っても、また貧困に戻ってしまう」**人が増えています。UNSD+2socialoutlook.unescap.org+2
- 災害で家や農地を失う
- パンデミックで失業する
- 紛争で避難を余儀なくされ、社会保護制度の外に出てしまう
こうした“連続ショック”に耐えるには、単発の給付ではなく、レジリエンス(回復力)を高めるための継続的な社会保護が必要になります。
4. 今後の展望:暗いだけではない、ポジティブな動きも
厳しい数字が並びましたが、希望の芽もたくさん出ています。
■ ILOや国際機関による「社会保護フロア構築」支援
ILOの「ソーシャル・プロテクション・フロア構築」フラッグシップ・プログラムでは、
- 30カ国以上で、合計630万人超が
新たに社会保護を受けられるようになったり、給付水準が改善したと報告されています(2023年時点)。social-protection.org+1
アジア太平洋地域でも、
- 社会保護のカバー率は着実に上がっており、
- まだ不十分ながらも、「制度がなかった国に制度ができ始めている」段階に来ています。ReliefWeb+1
■ G20・ASEAN・OECDなどで「社会保護」を中核アジェンダに
G20開発作業部会(DWG)は、**「ソーシャル・プロテクション・システムとフロアを強化する行動呼びかけ」**をまとめ、各国が社会保護への投資を優先課題とするよう促しています。g20.org+1
ASEANやラテンアメリカでも、
- 脆弱層向けの現金給付の拡充
- インフォーマル労働者向けの保険制度導入
- デジタルID・モバイル送金の活用
など、「ユニバーサルで持続可能な社会保護モデル」への転換を図る研究・改革が進んでいます。ASEAN Main Portal+1
■ 成功ケース:ケララ州の極度の貧困解消
最近のニュースでは、インド・ケララ州が**「極度の貧困を州内からなくした」と宣言**し、食料・医療・住まい・所得に関する総合的な福祉政策が注目されています。The Times of India
- 食料配給・住宅権・社会福祉の組み合わせ
- 各世帯ごとにカスタマイズしたミクロ・プラン
- 長年の教育・医療・土地改革の蓄積
といった取り組みは、ターゲット1.3の「社会保護フロア」の一つのモデルとして国際的に評価されています。
5. まとめ:2030年までに「十分な保護」は間に合うのか?
現時点のデータを見る限り、
- 世界人口の約半分しか
「社会保護ネットの上」に乗れていない - しかも、貧しい国・脆弱な人ほどネットから遠い
という状況から、“2030年までに貧困層・脆弱層に十分な保護”を達成するのは、かなり厳しい見通しです。srpoverty.org+3social-protection.org+3social-protection.org+3
それでも、ここ数年で、
- 社会保護のカバー率は確実に上がり
- デジタル技術で「漏れ」や「ダブり」を減らし
- ケララ州のような成功事例も生まれ
- G20や国際機関が共同で「社会保護フロア」を最優先課題に押し上げている
というのも事実です。The Times of India+3世界銀行+3social-protection.org+3
ターゲット1.3は、「お金をどう配るか」ではなく、
「社会として、誰一人落とさない仕組みをどう設計し直すか」という問いでもあります。
日本や、あなたが取り組まれている地域活性・SDGsのプロジェクトも、
- 子ども・高齢者・非正規労働者など、
“脆弱層になりやすい人”をどう支えるか - 所得だけでなく、健康・学び・つながり・住まいを
トータルに支える仕組みをどう作るか
という視点で設計すれば、**グローバルな目標1.3にもつながる「ローカルな社会保護フロア」**になっていきます。
2030年までの時間は限られていますが、
ターゲット1.3は「まだ手を付けていない」領域ではなく、
**「ようやく“形”が見え始めてきた領域」**でもあります。
これからの10年弱で、
どこまでネットを“広く・強く・公平に”張り直せるか。
そこに、私たち一人ひとりの仕事やプロジェクトが静かにつながっています

